予定を立てる
失業保険の受給の認定を受けるには認定日までの1ヶ月の間に2回以上求職活動をする必要があります。認定日に求職相談を受けると1回とカウントされそのほか1回の活動が必要です。
求職活動の合間にバイトなど週20時間までなら届け出をすればできましたが、私は少しゆっくりしたり資格を取る勉強をしたり実家の枝豆の出荷を手伝ったりしたいと思い特にバイトなどは探しませんでした。
求職と言ってもすぐすぐ就職したいと言うことでも無く、今後の自分の人生を見据えたうえで、できる仕事を探したいと思っていましたので、まずは認定を受けられるような求職活動をすることにし、大まかな予定を立てました。
5月は説明会に出席することで認定が認められました。
6月は日商簿記3級の試験を受験する。
7月はハローワークが主催する職務経歴書の作り方のセミナーを受講する。
8月は全国医療福祉協会医療事務認定実務者資格試験を受験する。
9月は地元の職業支援センター主催のパソコンスキルアップ講座(ワードエクセル実践)受講する。
10月は履歴書の書き方を相談する。
11月には就職先決定。
以上のような計画でした。ほぼ、予定通りに認定日を迎える事ができ、失業保険は満額受給することができました。今後使うことも無いだろうと思いますので全額受給できて良かったのでは無いかと思います。
ただ、実際には11月に就職先は決まりましたが12月からの勤務となりましたので、11月は全く収入が無いという事態となってしまいました。
仕事探しを本格始動!!条件に合う求人はあるのか?
予定どおり失業保険は満額受給できましたが、実際の就職については予定どおりには行来ませんでした。
9月に入って実際の就職を意識して本格的に求人票で可能そうなものをピックアップしていきました。
条件はとりあえず年齢不問と通勤時間が車で40分まで。週3回から4回。
職種などで検索範囲を狭めてしまうとヒットする件数が減ってしまいます。それに、この仕事で無ければ嫌だとかこの仕事をやりたいとかはっきりと決めるとができずにいました。
検索で該当したものとしては
①飲食店のホールおよびキッチン
②福祉施設などの夜勤
③病院事務
④児童の放課後支援員
⑤葬儀場のスタッフ
⑥ベーカリー
⑦清掃
⑧スーパーの品出し、レジ
⑨大学事務
などでした。ハローワークだけでなく、一般の求人広告なども見ていきました。
どうして働きたいのか、をもう一度考える
私がピックアップした求人票の中で子供達や夫が「これはだめ」と言ったのが②の福祉施設など夜勤と⑤葬儀場のスタッフでした。夜勤は健康に良くないというのが理由です。葬儀場はどうしても明るい場所では無いので精神的に良くないというのが理由です。そう言われるとあらためてそういう場所で働いていらっしゃる方々に敬意を示したい気持ちになりました。誰かがやらなければならない仕事ですものね。
自分自身はこれは嫌だなと思っていたのは⑦清掃と⑧スーパーの品出し、レジ。どちらも大事な仕事と思いましたがいざ自分がやるのかとなると気が進みません。
④児童の放課後支援員は障害児に特化したところもあり、福祉施設で働いてきた私には興味はありましたが、子供のことのみならず家庭の問題にまで関わっていかねばならないことが想像でき、積極的に勤務したいとどうしても思えませんでした。
⑨の大学事務は魅力的ではありました。年齢不問とはありましたが明らかに若い将来性のある方やITリテラシーのある方が求められているようで自分にはハードルが高いように思えました。
こうして消去法で残っていった③の病院事務についてはハローワークとは別にアウトソーシングの派遣会社が募集しているとのことでインターネットで採用募集に応募しました。
まずは基本データを登録し、その後具体的な質問と簡単なテストに回答して返信しました。この後面接の日程調整かと思いきや、2週間待って「ご期待に添える求人はありませんでした」と回答がありました。医療事務の資格も取っているしなんとかなるんじゃ無いかと高をくくっていた私は、待たされたあげく簡単にお断りをされ出鼻をくじかれるとはこのことかと思わされた出来事でした。最初の玉砕です。
次は、選び出した求人票をもって10月初旬にハローワークに相談に行きました。③のハローワークに求人票が出ていた病院事務と同じ病院の薬局受付補助員です。電話で確認してもらうとまだ決まっていないとのことで履歴書と職務経歴書を送るようにとのことでした。
この時に履歴書の下書きを持って行き、見ていただきました。資格など不必要に書く事も無いかと相談すると,「せっかく持っている資格ですから書いた方が良いと思います」といわれ大学時代に取った教員免許状などについても記載することにしました。
職務経歴書については7月にセミナーに出た際に下書きをしたものがあるので見本を見ながら清書してみることにしました。パソコンで書いてみて実際に手書きをするという結構大変な作業になりました。うまく自己PRするにはどうしたものかと考えながらまとめるのも大変でした。こちらに2日かかり2日目の夕刻には発送することができました。こちらの返事を待ちながら最後の認定日を迎えました。

最後の認定日に「履歴書等は提出しているが返事が無い」と相談窓口で言うと、待っている間に別のところに応募しても良いと言われ⑥のスーパーの中のベーカリーの紹介状を作ってもらいました。こちらは面接日を決めて面接日に履歴書を持って行けば良いとのことで履歴書を準備して連絡を待ちました。
後日電話連絡がありベーカリースタッフは決まってしまったとのことでした。ベーカリーは朝早くて大変だけれどパン作りが学べると採用されたときのことを楽しみに思っていたので,面接も受けられずにお断りされたのはとても残念でした。
そうこうしているうちに提出していた病院から「親展」と赤字で書かれた封書が届きこちらも「残念ながらご期待に添えません」とお断りの文言が並んでいました。
その回答を待って再度ハローワークへ行きました。「失業手当の受給は終わっていますが相談に乗っていただけますか」と言うと「大丈夫ですよ」と言ってもらえて少しほっとしました。
もちろんハローワークは仕事を求めている人とと働いてくれる人を求めている会社とを結ぶところで、誰でも利用できるには違いないのですが、のんびりしてしまい受給が終わっても仕事先が見つからないような事態になってしまっていることが恥ずかしいような申し訳ないような気持ちでした。
もっと早く現実に気づき本格的に動き出せば良かったには違いないのです。
そこで提案されたのがゴルフ倶楽部のフロント業務でした。内容にはエクセル入力できることとありました。入力はできますし接客もできそうなので紹介状を書いてもらいました。後日電話が来て話をする中で「たくさんは働いてもらえないし、掃除などもしていただきますよ。大丈夫ですか」といわれ「大丈夫です」と言うと「では一度こちらに来てみますか」と言ってもらえ面接をしていただけることになりました。初めて面接を受けられるところまでこれてとてもうれしく思いました。
面接ではゴルフ倶楽部の支配人が履歴書を見ながら家族のこと(子供や夫のこと)など聞いてきました。いろいろ聞かれましたが最終的には「とりあえず1ヶ月来て見ますか。嫌だったらやめていただいてかまわないから」と言っていただくことができました。12月から働くことが決まりました!!
簡単に決まるだろうと思っていた仕事が簡単には決まらず、高をくくっていた自分を反省したり、還暦を超えているシニアだという事を改めて考えさせられる日々でした。シニアに求めているのは汚い仕事や夜の仕事や単調な仕事や若い人がやりたがらない仕事が多いと言うこともわかりました。
それらを自分が絶対にしたくないというわけでは無いけれど、まだもう少し学びのある仕事がしたい、私だからできると言える仕事がしたい、と正直思いました。
まとめ
働き出して半月。まだまだ学ぶことばかりですがそれが楽しい日々です。若い人に教えてもらうことにも抵抗はないですし素直に受け入れられる自分が得な性格だなと思います。
在職中は逆で教える立場でした。それが辛いこともありました。教える中で学ぶことも多かったけれどそれ以上にやっぱり辛かったと思います。そういう立場になったんだから頑張らないとと思って私なりに努力はしたけれど、定年を迎えるこの機会に肩の荷を下ろさせてもらいたいと思ってしまいました。
今は今の自分の希望にあった仕事に就けて本当に良かったと思います。支配人にしたら団体職員だった私(民間で働いたことが無い)を採用するというのはハードルが高かっただろうと思っています。使いにくいと思ったと思います。でも、採用してくださいました。感謝です。
使ってもらえるうちは一生懸命お客様に気持ちよく使っていただける施設作りに努力したいと思っています。
おかげさまでハローワークとは縁を切ることができました。最後まで励まして親身に相談に乗ってくださった職員の皆さんに感謝しています。
定年退職後に働く場合、自分が今どうして働きたいのか、どんな働き方をしたいのか、しっかり考えておくことが大事だと思います。妥協をせずに探していたらきっと見つかると思います。あなたの人生の中であなたの大事な時間を掛けても惜しくない仕事が。
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