大学生時代の友人が突然倒れ、意識が戻らないまま亡くなりました。
知らせを受けたのは亡くなってから一か月半近くたった時でした。知らせてくれた友人によると意識が戻らなく、脳幹の出欠だったため戻ったとしても植物状態になることは免れず、それならば生前の本人の希望により臓器提供をすることになったそうで、そのためお葬式が遅くなったそうです。お葬式がすんで落ち着いたので友人の皆に連絡をしてほしいと言われたそうです。
彼女の死とその後の臓器提供など、あまりにも突然のことで、ご主人様も心の整理がなかなかつかなくて、皆には連絡はしないでほしいと言われていたそうです。知らせてくれた友人はご主人とも親しかったため、連絡があったようです。
そんなこんなで、「遠いけれど一緒にお悔やみに行かないか」と連絡をもらい、行ってきました。
神奈川県の田浦という友人によると『すごい山の中』。ついてみると本当に山奥で細い道を迎えに来てくださったご主人の車で登っていきました。途中にはループ状の道があり山の谷間を車が走っていくのがわかりました。ここで彼女は家族と暮らしていたのか、自然を愛していた彼女らしいと思いました。ご主人共々、自然の中でゆっくりのんびり、そして心豊かに暮らしていたのかと彼女らしいとおもいました。
臓器提供を決断する
ご主人様から亡くなった当日から臓器提供するまでの経緯を伺いました。
夕食がすんで後片付けをしていたところ急に「のどが詰まるから背中をたたいてくれ」といわれ、たたいていたところ意識がなくなって救急車で病院へ搬送したものの意識は戻らず、医師から見せられた脳のCTから、「もう無理だ」とその時に思ったそうです。そして、彼女と臓器提供について話していたことを思い出したそうです。
意思表示カードを探したそうですが、当時は見つからなかったそうですが、病院と相談して臓器提供ができることになり、2回の脳死判定を受けて臓器のほとんどを提供することができたそうです。
それでも彼女の意思表示カードが見つからないまま決断してしまったことをご主人はずっと悩んでいたそうです。本当にこれでよかったのかと。本当に彼女はそれを望んでいたのかと。
意思表示カードが見つかる
お葬式後終わり彼女の遺品を整理したところ、運転免許証が出てきて裏を見たらしっかり意思表示カードの一番上に〇がついていて、つけた日付とサインが入っていてそれを見つけたときに「良かった」と涙があふれて仕方がなかったと言います。やっぱり彼女はそれを望んでいたのだと。
私たちはその話をするご主人様の様子に目頭が熱くなったのでした。
意思表示カードと向き合う
帰宅して自分の免許証の裏の意思表示カードを見て、「さて、自分は・・・」と考えてしまいました。もしそういうことになったら、提供することで生かせてもらえるものならばそれに越したことはないような気がします。でも、いざとなると提供するという意思表示をすることは躊躇してしまいました。提供するに○は付けられませんでした。
夫にその話をすると「生かしてもらえるのはいいけれど、周りの気持ちもあるし。実際にはどうなのかな」と言いました。「僕は記入してないよ」と言いました。
まとめ
意思表示カードの存在を再確認する機会になり、そのことで、自分だったらどうするかと考えさせられる出来事でした。
夫には「意思表示カードに記入はしていないけれど、そういうことになったら提供していいからね。」と言いました。
記入できなかった理由は何か。考えてみました。正直に言えば、提供すると記入してしまうことで彼女のように自分自身の命を縮めてしまうのではないかと思ってしまったのかもしれません。そんなことは本当はないのに・・・。
でも、夫には意思表示をしておきました。後は私の方が先に逝くことになり、まだ臓器提供できる年齢だったら夫や子供たちに決断してもらえればいいと思いました。
そうすることはもしかしたら残された家族には負担になるかもしれません。その気が本当にあるのならばしっかり意思表示カードに記入しておくべきなのかもしれません。
私にはまだそこまでの決断はやはりできませんでした。
皆さんはどうされていますか?意思表示カードに記入していますか?家族とそのことについて話していますか?



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